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先生の家で

 先生の家は、私が知っている住所ではなく熊内という新神戸駅の近くにありました。いつの間にか引っ越していたんです。小高い丘の上の古い洋館でした。門を入ると小さな庭があって、突然の訪問客に驚いたのでしょう、大きな、それはそれは大きな犬がワンワン吠えながら私達めがけて突進して来ました。先生がこよなく愛したセントバーナードのチータです。こちらも大いに驚きましたが、よく見ると尻尾を盛んに振っています。喜んでいたんですね。先生の家は全て土足で、そんな習慣のない私は悪い事をしているような妙な気持でした。床にはカーペットを敷き詰めてあり、壁は全て白く塗られ、至る所に先生の絵が所狭しと架けられていて一種異様な雰囲気でした。異様ななどと言うと怒られそうですが、あの息の詰まるような人物画が壁面全てを覆っているのですからどう見ても尋常なお家ではありませんよね。椅子もスペインの木製の椅子であったり、教会のベンチであったり、テーブルに至ってはアフリカのベッドだかお棺だか、訳のわからないいろんなものが一杯あって、いやもう凄い。

 お酒を飲みながら先生の話が始まりました。この子は(私のこと、その頃はまだ若かったですから)長崎からわざわざ来たんだと。絵をやりたいらしいから皆よろしく頼むと。ついては、この教室の入会金も授業料も私が払うから面倒みてくれと。いやぁ、今思い出しても有り難くて涙が出そうになるぐらいの優しいお言葉でした。まだ、この日のデッサン以外、絵も見てもらってないのに。何をどう勘違いして気に入ってくれたのか、今でも不思議です。

このまま順を追って話していくと、7年分、いつまでたっても終わらないので、次からは順不同のエピソードということにしましょう。


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